ヨコハマトリエンナーレ2014に行ってきました。

横浜トリエンナーレ題字

08年、11年と続き、今年も行ってきました。
今年は画像を使って感想を書きます。

横浜トリエンナーレ1

というわけで、みなとみらい駅近辺のマークスというショッピングモールを出て、横浜国立美術館の前にドドンと立ちはだかるのが、これぇ!
今回は、作品展の序章として、有料スペース外に普通に作品展示してあるのです。
いや、それって大き過ぎて、入りきらなかったのでは?とか思うけども、この作品らの意味付けがまたあざとくて良い。「この一見は客寄せに見えるモニュメントだが、よくよく凝らしてみると、これは紛れもない芸術作品であり、芸術の世界への入り口なのである。」的な文章が。

横浜トリエンナーレ2
横浜トリエンナーレ3

でもこれ、本当に大きい。やっぱこういう大きいものが好きな自分としては、ウキウキがしてしまいます。
前回も入り口近辺に作品が展示してあって、ワクワクした。
こういうのがトリエンナーレの好きなとこです。(横浜にしか行ったことないけども。)
入ってみて、あったのは、あのゴミ箱。
期間中も若手の方などが納得いかない作品を捨てにくるのでしょうか?もしかしたら最初と最後ではまた違った作品へと変貌しているかもしれません。
作品は見て、圧倒されて、また解説を読んで圧倒される。そういったことが観客である私としてはたまらないですね。

横浜トリエンナーレ4

コンセプトは、『華氏451』という、小説のタイトル。
この小説映画化もされていて、確か、本が燃える温度だった気がします。
映画の内容は、正直相当ずれている気がしますが、とりあえず、物語という人間性を唾棄することを統制された世界。
本というものが奪われ、感情が存在しなくなった世界で、本に出会ってしまった男の破滅と人間性の勃興の物語。
一応幼稚な文章だが感想以前書きました。
そういった、芸術を見ることを喪ってしまった人というものへの、警告とも取れる芸術の楽しさをもう一度思い出させてくるような意味合いをつけているような、それも全く違うような。芸術というものの素晴らしさは、答えが無いとこだと思いたい。おれはただの凡人だから、ここでは作品の意図とかは考えないで、ただ自分の感性とぶつけて楽しみたいなぁと思う。映画はそういう意味では見れなくなってしまっているけども。
というわけで、最初に待っていたのは、「無」という芸術の基礎。
「無」という沈黙の音楽の譜面や、キャンパスに描かれる沈黙という言葉にできない瞬間を綺麗に展示室に表現している。
でも夏休み期間ということで、子供達が「意味不明」と騒いでいるのだが、それがまた良いんだよね。
あと面白いのが、「ノラ猫へのインタビュー」とか。
もうネタとも思えることにも、明確な意思という意味をつけることで、それを正当化できて、それを賞賛されるという自由さ。
自由な人間のゴールは芸術家なのか?とも思ってしまうが、おれはそこには行けません。笑
そんな大言壮語をこんな小さなブログで吐いた所で、何も意味が無いし、現実は使えない人間ですので、それはさておきぃ!

横浜トリエンナーレ5

とか、持って帰ることの出来る、作品(コピーした紙)だとか、芸術初心者でもとても楽しく見れるのが、自分なりのトリエンナーレの好きなとこ。

横浜トリエンナーレ6

これとか結構わかりやすいと思う。
見えないものである「息」を具現化した象徴物。ここには人間8人という存在の消費物があるみたいな!!

横浜トリエンナーレ7

本当に何もすることがなかったのか?何もすることがないと書き続けることでまた作品が出来るなら、何もしないことを表現することで、それは形になるのではないか?という矛盾が妙に面白く。
また自己肯定のような、そんなセラピーにもつながっているような。
でもこれは偉い人がやるから意味があるのです!そこは忘れないように!!(自分にも言い聞かす)

横浜トリエンナーレ8

狭い場所でも鏡を使えば、空間を広くまた演出もできるという面白さ。
他にも裁判所やテニスコートなどがあって、そのテニスコートの奥に裁判所が見えるというなんかおかしい。
そいえば、大阪の激安チラシだけでつくったなんとかタワーとかもあって、面白かった。

横浜トリエンナーレ9

そいえば、華氏451を意識したゾーンもありました。
ここは少し作品の方向性が重かった。展示予定だったけども展示しなかったと思える場所もあった。死ぬ運命の人々みたいな奴でね。ウクライナの孤児施設とかの写真があったわけだけど、韓国のやつがなかった。

横浜トリエンナーレ10
横浜トリエンナーレ11

かなり謎だった泥の部屋。
これで横浜美術館はおしまいで、6年前の会場だった新港ピアに赴く。
だだっ広い空間を贅沢に使った展示会。
主に映像作品が主流かな?
机の上にあるコップいっぱいのミルクを机をたたくことで、机にしずくが落ちるのを延々とやったり、同様に積み重なった皿をずらすことで芸術の彼方にシンクロしてみたり、ただ海に落ちるヘリコプターだったり、文章だけで芸術を表現してみたりと、かなりのアグレッシブな現代アートの数々。
倒れる男の人とか。
しかし、全体的に縮小している感じが強い。
08年の時は多くの会場を回って疲れたし、11年もこんなとこでやるんかい!みたいな感動はあったものの、今年は、なんだかもうおしまいかぁぐらいな感じ。
しかし総合的に見ると作品の数はあんまり変わらないようで、なんだかなぁーと。
もっと色んなとこをまわって見たかったなぁー。
でも題字にあるゴミ袋の作品がない!!
ということで、スタッフさんに聞いてみると、序章としてみなとみらい駅にあるようで…。
見逃していたので、探した。

横浜トリエンナーレ12

あったよ!!
というわけで、こんな感じでおしまい。
しかし家に帰ってみると、見逃した作品が1話まるまるあって、それはカフェの奥に存在していたよう…。
やらかした。
あと8話、9話は、不定期らしく、全体を把握は困難っぽいな。
最初にすべきこと!
もし、今後行く方いらっしゃたなら、全体マップは鑑賞前に確認して、行く場所を把握した方がいいです!!7話は何故かカフェの奥あたりにあって、序章はみなとみらい駅の地下4階の改札近辺に存在しています。
あとあとこのブログの記事は感想でしかないので、正直解説っぽいものは全部間違いです。
もしアーティストの方と話したとしても自分の足りない頭では会話にならないでしょう。
作品一つ一つにこだわりつくされた計算と偶然が潜んでおり、芸術とはすごいなぁと圧倒されるばかりです。
公式ページのアーティスト一覧
とアーティスト一覧から解説読む方が有意義かもね。
とりあえず、今年も楽しかったけども規模が小さいようで残念だった。
でも横浜って町は面白く、見終わった後も、色々堪能しました。

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