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◎鋼の錬金術師 嘆きの丘と聖なる星 2011年度49本目◎

「ジブリの世界に錬金術師が迷い込んだ。でもグロ満載なわけです。」

$A Little his REDEMPTION.~season Ⅵ~-鋼の錬金術師 嘆きの丘の聖なる星
日本2011年日本制作日本

アルフォンス・エルリック(もどkあらすじアルフォンス・エルリック(もどk
鋼の錬金術師の原作漫画の11巻と12巻の間の物語。
数年前、アメストリス(鋼の錬金術師本編での中心となる国)の最西端に、クレタとミロスという国があった。そのミロスに住んでいた兄妹がいた。二人の住むミロスはいくばくかの争いを経たが、まだ何かしらの差別があり、虐殺もあったのだった。二人の父親は錬金術を熱心に研究していて、兄のメルビンはそれに憧れていた、妹のジュリアもまた兄の姿に胸を高鳴らしていた。
だがある夜のこと物音を察した兄妹。メルビンは様子を伺いに行くが、そこには無惨な姿にされた父と母の姿があった、妹を守ろうと妹に「来るな」と叫ぶメルビンだったが、犯人により…。
そして数年後のアメストリスのセントラルシティ。事件の後始末に追われる鋼の錬金術師であるエドと弟の魂を鎧に宿らさせたアル。エドは新たなアルの体を取り戻す方法を考えるため、研究を始めようとした矢先、地鳴りを感じる。外に出ると付近にあった刑務所から囚人が脱走していたのだった。
それを追いかける国家の犬である錬金術師の兄弟は、その首謀者を追いつめるが、彼は両手のひらに謎の錬成陣を刻み込み、それを使って二人を攻撃してきたのだった。
それに戸惑う二人は彼を取り逃がしてしまうのだった。
翌朝、事件を調査する二人はあるおかしな事実をする。脱走した囚人であるメルビンは2ヶ月後に仮釈放が確定していた身であった。そして切り抜かれた新聞紙。それを調べるとそれはクレタでの違法入国者の記事があったのだが、その人物はジュリアという女の子だった。
謎の錬金術を使うメルビンに興味を持った兄弟は、アメストリス最西端のミロスへと向かうのだった。
だがその道中の汽車で、不審な怪物や、謎のコウモリの格好をしたテロリストに遭遇するのだった。
2011年7月18日鑑賞



アルフォンス・エルリック(もどk感想アルフォンス・エルリック(もどk
7月の海の日の連休が運良く休みになったので127時間との二本立て。本命は127時間だったが、せっかくだったので鑑賞しようと思ったら2時間前から完売という事態に直面し、悔しかったけど更に次の回を見る事にした。
とりあえず、鋼の錬金術師に関しては、そこまでファンでもない。TV版は一回目も二回目もまともに見る事も無く、シャンバラを行くものたちの先の劇場版はDVDで鑑賞したけどそこまでツボにはまらなかった。
でも鋼の錬金術師のコミックにはかなりはまり、最終巻は初日にゲットして、感動したので、その気持ちを大事にして映画も鑑賞というどことなく変な立場で鑑賞。
正直映画ファンとしては掘り出し物をした喜びがあった。
にわかとしての鑑賞の立場だが、コアな映画ファンとしては、驚きと喜びの入り交じった幸福感を味わえた。
その所以は、監督と作画監督がジブリ出身ということ。
巷では、ジブリ最新作の「ココリコの田中ら」が公開されたり昨年は「狩り暮らしのアリエッティ」が公開されていたが、その「アリエッティー」を鑑賞してがっかりしたのは映画ファンとしては至極当然。
そして勿論「崖の上のポニョ」に関しては「オレのぽにょぽにょした部分さわれよ。」の駿様のハイレベル過ぎる内容にジブリの終焉を感じたのだけど、本作全く無関係の「鋼の錬金術師」に何故か、「オレの好きだったジブリ」臭がぷんぷんするではないか!!
というわけなんですよね。
それが作った偉い人たちの仕事始めが、ジブリだったとかそうではなかったとか…。
まぁーそれは見てからのお楽しみというわけですがね。
でもそういった感想を持った人は筆者だけに留まらず、他の方も思った方も多いようで、むしろ熱心なファンは、「こんなのハガレンじゃねえ!!」とかになると思いますが、にわかとしてはたまらない要素なのです。
そのジブリ要素について追求しようか、内容について追求しようか迷う所ですが、出来るだけ長々と色々と書いて行くのがブログの醍醐味というわけで、頑張って書いて行こうと思います。
ジブリ要素についてですが、自分の好きだったジブリ、例えば「天空の城ラピュタ」だったり「魔女の宅急便」だったりジブリ外ですが「カリオストロの城」だったりというわけなのです。
どのいずれの舞台もにわかジブリ好きの筆者としては、欧州だとか、北米だとかで、結局のとこ非日本なわけです。その点がなんだかんだでハガレンとおんなじ舞台というのなんか面白いリンクで。
その時代設定も、どちらかといえばラピュタ寄りだったりでしてね。
まぁー冒頭事態は、そこまでジブリではないんです。
でも汽車で舞台を本筋のミロスに移した際の汽車で一気に、ジブリの臭いがやばいんです。
まずは、オオカミキメラが人間からキメラになる瞬間。
これの顔の変わり方が、トトロの叫ぶような描写に似ていたり、ぞっとするような描写にすっごく似ているんです。
で、汽車自体の機械的描写が、どこはかとなくジブリなんです。これもラピュタ的なんですよ。あれも序盤汽車でなんかあったような覚えがあるんです。もう数年以上TVの前で正座して鑑賞したような記憶は無いんですがね。
でもちょっと違うんです。
人がゴミのように死んで行くんです。
「人がいっぱい死んだんだぞ!!」
流石に空いた口が塞がらなかったですよ。
でも面白い事に映画が冒険的に広がりを見せてね、大スペクタクル巨編の様に広がるんです。
その点はなんだかわくわくしてきて、カリオストロの城的な。(笑)
で、話はミロスについてですが、これが鋼の錬金術師的だなぁーと。
一応差別的だとか、ミロスだとかクレタとかアメストリスだとかの、植民地支配だとかの話になるのですが、これの話がよくわからないんですよね。
それなのに人が栄光の犠牲になってはちゃめちゃに死んで行く。
挙げ句に、ライターが「めっちゃ話複雑になってるよ!!」って思ったのか、やっぱりこのミロスについての解説が事細かにことあるごとに解説してくれんですよ。
やっぱり作っている側も不安だったんだね。
でもそのおかげで中盤からは人物構図が少しつかめた。
でもどう考えても「メルビン」が不自然なんだよね。しかもそれも丁寧に描いているんだよね。
これは、見てる側、薄々気づくと思うけど、割と良い描き方だったと思う。
ぶっちゃけると、エドとアルは、このグロテスクなジブリの世界に迷い込んでしまった旅人的な扱いになっているわけです、これはファンが喜ばないかもな。
でもその対比としての映画オリジナルの兄と妹としてのメルビンとジュリアがいるわけです。
これ正直見事だと思うよね。
結果的に二人は、エドとアルの兄弟としてのあり方への感動を発起させるわけですが、それを見ずにも、話的にも面白い。
でもちょっとグロ要素激し過ぎというのもあるけどね。
忘れてたよ、鋼の錬金術師のグロ要素。
主人公が、腕と足が義足で、アルも鎧というわけです。
その根底を利用すれば、人の死を犠牲にして魔法的なファンタジーがあることは幾分もおかしくはない。と言っても、本作はやり過ぎだとも思うよ。
だって街自体がごにょごにょだったとは。(本筋のラストに近いけど、それをまさかの…。)
そうそう義足と言えば、ミロスで義足を作っているおじさんがどう見てもジブリの世界からやってきた。(笑)
ごん爺とか言ったような言ってないような。
またそのミロス出身の方々がジブリ出身だと思う。
むしろそのミロスなる場所は元々ジブリの世界だったんだけど、ハガレンの世界の人たちに侵攻されて、地下に追いやられて、「ジブリ復権」を掲げての王政復古!!という酷い解釈でも問題無し。(ごめんなさい)
でもあの剣が開くシステムには驚いた。血がドバーって。しかもそのキャラかよ!!って。でも犯人のはあからさまだったけど、悪役としての開き直り具合が昭和的で最高だったかも。血がドバーって。
とまぁーそのミロスなる舞台の谷と高台と城だとか、もろ中期のジブリ的だと思うんですよね。
あとハガレンの良さって、基本肉弾戦なとこがね。スーパーヒーローっぽくなくて良い。
まぁーでもジュリアのスーパーサイヤ人化についてはね。(笑)
そのふわふわ時がまたもろにジブリでね。もうなんかそういう幼少期の胸が熱くなったメランコリーさが溜まらなく嬉しくてね。
飛んだ良いもの見た。
またなんだかんだでダイナミックでね、マグマとか胸が熱くなるよ。そもそも脚本がさ、ホワイトアウト書いてんだよね。それ雪崩じゃん。んで本作マグマなんだけど、そこ似てると思うんだよね?むしろ物語の広がり方も多分似ていると思うんだよね。(笑)そういう経歴が多く感じられのが面白いな。ジブリ要素しかりね。
エドとマスクマンの肉弾戦の絵がね、少しだけグレンラガン風でね。嬉しいよ。
しかもちょっとだけ捻くれたラストシーンでね。結構面白かった。
エンディングのラルクも嬉しかったなぁー。なんか高校時代にラルクはまっていてね。
というわけで、なんか思いも寄らぬ、感動を味わえた不思議な一本でした。
なんだろねー。やっぱり日本人としてジブリに育てられたんだなぁーと実感できたのと。
ジブリってやっぱりすごいなぁーと思ったのと、むしろ今のジブリはどうしてああなってしまったのか?という疑問。育ってないのか?それともみんなジブリ捨ててしまったのか?
うーん。そこは考えたくないけど、もしアリエッティとかでがっかりしたら、この映画を見て、興奮できると思うんだよね。
メモ得点メモ
8
ファンには悪いけど楽しめた。多分ファンは前作のシャンバラの方が良かったと思える。
てか結構な良作だったと思うけど、かなりの湾曲した命の扱いは少し問題かもしれない。
「生命は力なんだぞ。この宇宙を支える力なんだ。」
「お前には分かるまい、このおれを通して出る力が。」
おれの中のカミーユが怒っています。
少し自身の気持ちが出てしまった感じになりました。(苦笑)

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