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卒業。

先日ようやく専門学校の学費を払い終わる事が出来た。
卒業式からもう2年が経った。
2年も滞納していたことが恥ずかしい。
それが父親というしがらみなのだが。私の血という名の呪縛だ。
勿論あの時新卒などになれるわけもなく、今も学生時代から続けていたフリーターをやっていて馬車馬の如く使われている。アルバイトにも敬意も表す事無く、使い捨てのように使う社員たちにあきれたので、辞めたいし、彼女が就職するので、オレも社会に出たいと考えて日夜、映画関係のライターの仕事を探している。先日映画の情報サイトのアルバイトにあっさり落ちて死にたい気持ちだったが、今は大丈夫だ。
久しぶりに降り立ったあの駅は、前と同じ風が吹いていた。
通学時間は1時間半。オフィス街を抜け。埼玉よりの東京から千葉よりの東京まで横断する。
近くにはディズニーランドがあるわけだが、そこには学内の友人と一度も足を運ぶことなどなかった。
一人暮らしをする学友たちから「毎晩見える花火がうざい」のことが甚くロマンチックに聞こえて、非常にうらやましかった。
卒業証書を貰いに。
おれは卒業式に2年前出たのだ。卒業できないのに。学費が払えていないから。
あの時、皆が笑いながら卒業アルバムを見ていて、卒業証書抱えている姿は酷く胸を締め付けたし、打ち上げの最中に一人会場を後にした時、多くの人が生涯の別れを自分にしてくれたことは、今でも感謝だな。
会場の隣が東京ディズニーランドだった。とても良い天気で、素晴らしい日だった。
そういえば、休み時間は居場所がなくて、近隣の隅田川の沿線を歩いたものだ。あの時の感覚は素晴らしかった。
調子に乗って、道の橋に行ったときは、海が広がっていて、「遠くに来たんだな。」って思ったな。
ここにはゲームセンターがあって、ここにはご飯屋があって、この場所は撮影をして、ああ。あっちは高校の陸上部の時行ったんだよ。
そして学校に行き、気持ちよく私に卒業証書をくれた。
この町も、この学校も本当に良い場所だった。
ただ自分がダメだった。学校が苦手だった。学校が遠過ぎた。友達が出来なかった。
成績表を見たら、とてつもなく酷い成績で、むしろ卒業認定してくれること自体がおかしい程だ。
みんなが卒業おめでとうと言ってくれる。何もめでたくなんかない。まだ色々途中なのだ。
全然何もめでたくない。まだこれからなのだ。頑張らないとずっとおれの人生なんてこんなもんだ。

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