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◯ヘルプ 〜心がつなぐストーリー〜 2012年度5本目◯

「基本のアカデミー賞だったらこれが作品賞だった。」

$『A Little his REDEMPTION.』映画オタクの映画批評~season Ⅶ~-ヘルプ~心がつなぐストーリー~

アメリカ2011年アメリカ制作アメリカ
出演
エマ・ストーン
(小悪魔ななぜモテる?!、ゾンビランド、スーパーバッド童貞ウォーズ、ラブ・アゲイン、アメイジング・スパイダーマン)
ブライス・ダラス・ハワード
(ヒアアフター、50/50 フィフティ・フィフティ、スパイダーマン3)
ジェシカ・チャスティン
(テイク・シェルター、ツリー・オブ・ライフ)
予告編

本あらすじ本
1960年代前半のアメリカ南部のミシシッピ州ジャクソン。
中年の黒人女性エイブリーンは、彼女の人生を白人の娘たちを育てるメイドとして尽くしてきた。
そして最近エイブリーンは戦争で実の息子を失ったのだった。
中年の黒人女性のミニーもまたメイドとして人生を費やしてきた。彼女の料理の腕はピカイチでメイド界でも評判だった。
そんな中ジャクソンに大学を卒業してスキーター(エマ・ストーン)が帰郷した。
彼女はニューヨークで出版社の編集者になる夢を持っており、故郷の新聞社で強引に働き始める。
そこで彼女はニューヨークで務めるべく、本の題材を探していたのだが…。
そして故郷でスキーターを待っていたのは、同級生たちが結婚し子供を持ち、黒人女性のメイドを雇い子育てや家事を彼女達に任せているにも関わらず、差別している状態だった。
スキーターはその中では変わった人間であり、彼女は黒人のメイドに感謝をしない級友たちに違和感を感じた。
そしてスキーターはまた実家に昔からいたメイドが解雇されている状況に遺憾だった。
スキーターは自分たちを育ててくれたもう1人の母親であるメイドの本音に興味を持ち、それを本に書起そうとするのだが、黒人メイド達は報復を恐れて、みな断るのだった。
しかしスキーターはエイブリーンに興味を持ち、熱心に説得し、エイブリーンはあることを機会にスキーターに本音を話し始める。
2012年4月1日鑑賞
本感想本
helpまとめ。
全米公開時3週連続興行成績No.1を記録した大ヒット映画でありながら、夏公開だったにも関わらずアカデミー賞の作品賞はたまた助演女優賞などにノミネートし、見事に助演女優賞を受賞した本作は、もともと全米で2009年に出版された小説が原作にあり。
2011年8月現在で、500万部という売り上げを記録しており「ニューヨーク・タイムズのベストセラーには100週以上入り続けたという」記録がある。
それだけの小説の映画化であるので、大ヒットも不思議ではないし、国民的映画であるので、アメリカでの総意的好評も普通。アカデミー賞ノミネートも当然だ。
また面白いトリビアとしては、監督が原作小説家の幼馴染ということもあって、映画化権利を原作発売前に所得しており、また脚本も監督自身が担当している。
監督自身はキャリアはかなり乏しいが、原作の力強さでかなり救われているとも思えるが、監督自身かなり脚色をしている印象もあり、女性の原作を男性が脚色となり、映画という型にはめた為、より感動的に変更され、また製作が『ホーム・アローン』のクリス・コロンバスということもあって、思った以上に映画はアメリカ南部特有の熱視線や南部の古臭さ泥臭さとお下劣なコメディ要素が組み込まれていて、原作の方が面白いという意見も全米では出ているようだ。
それについては同意かもしれない。
『アーティスト』が無ければ本作が通例のアカデミー賞作品賞だったかもしれない。
本作の舞台は1960年代のアメリカ、アメリカはまさに公民権運動真っ只中で、黒人の人種差別が社会問題の焦点だったと思われ、またアメリカ南部は流行が全体的に遅れている都市であり、黒人の奴隷制度や南北戦争の名残が強く、映画『風と共に去りぬ』でも黒人たちがメイドとして登場し、異様過ぎる笑顔を振りまいていたと有名だ。(憶測)
そんな差別の強く残る場所で、都市部から帰ってきたスキーターは、同い年の友人達が黒人のメイドたちを同じ人間として扱うこともせず、まるで近代の奴隷のように使う姿に、疑問を感じる。
映画でも描かれるのだが、本当の意味での白人の子供達の母親は白人ではなく、色違いの黒人女性
であった。
差別する黒人女性から人間としての機能を学んでいる。
スキーターの友人たちはそれさえも忘れ、彼女らの母親同様黒人を酷使し遊びほうけているのだ。
これはアメリカが過去に抱えていた問題であろう。
そもそも白人の育ての母親が黒人であるというのは、一見すれば何とも衝撃的な事実だろうか?
そしてその黒人メイド達の抱える心の問題に焦点を合わせ、スキーターは出世欲から使命感に変わり始め、また自身の家にもいたメイドの思い出との対決も含め、従来ならこの風体の作品こそが、アカデミー賞を獲るべき作品だったのではないだろうか?
彼女らの抱える問題や、人種差別の問題を扱いながらも妙に重さをあたえることなく、軽快なテンションで進んで行きながらも泣かせるところでは泣かせる構成など、これぞアカデミー賞という内容だったと筆者は思えた。
しかし今年は完全な異色でありネタであるサイレント映画の『アーティスト』がサイレント映画として完全新作としてフランス映画でありながら往年のハリウッドを描いた映画にアカデミー賞関係者は大喜びだったので、見事に勝利の旗は、『アーティスト』に掲げられた。
昨年の『英国王のスピーチ』のような質感の映画だったらこの『ヘルプ』こそがベストである。
ブライス・ダラス・ハワードのビッチ感の尻上がりっぷりは異常。
この映画で映画オタクが一番興奮するべき所は、『テイク・シェルター』や『ツリー・オブ・ライフ』で映画祭を騒がせたジェシカ・チャスティンがあっけらかんとしたコメディ演技を披露したことではなく(助演女優賞ノミネートされる程の変貌ぶりだった。)、エマ・ストーンの『小悪魔はなぜモテる?!』からの主演でしかも全米大ヒットという超絶偉業でそのまま『アメイジング・スパイダーマン』でヒロインを演じるんだぜ!!
なんてことでもなく、やはりブライス・ダラス・ハワードという、ロン・ハワードの娘が『ヒアアフター』や『50/50 フィフティ・フィフティ』同様、ビッチなクソ女として今回も悪役を演じていることが何よりも注目すべき!!
ていうかお前、やっぱりそんな役なのかよ!!
てかお父さん心配しないのかよ?
『ヒアアフター』では、超能力を持ったマット・デイモンに好意を寄せて、マット・デイモンが嫌がる中、超能力を使わせて、その結果、自らどん引き。
『50/50』では画家の卵として主人公に尽くされているのだが、主人公が癌にかかったのを知り最初のうちは支えていたが、嫌になって他の男に浮気、セックスもろくにさせないという最悪な女。
そして最初期には『スパイダーマン3』で金髪美人のグエンとしてピーターにアタック。調子に乗ってスパイダーマンと濃厚なキスをしてみたりと。
お前は本当に素晴らしいビッチだな。
しかしなかなかのエロボディーの持ち主なんだよな。うんうん。
そして今作ではメイドを酷使するママさん委員会のリーダーとして出演。
もろに悪役としてメイドをいびり差別を遂行そして、友人にも「あいつを解雇しろ!!」や「あの子は私の元カレを盗ったから嫌い。」や「スキーター!!男紹介するわ!!」となかなかの悪役ぶり。
しかし結果的にスカトロをしたり。映画の終盤では、一番惨めなキャラクターとして描かれることになる。
一緒に見ていた彼女が「彼女が悪役として描かれているが、彼女は旦那の愛がたりていないからこのようなことになるんだ!!」と熱弁していた。確かに一理はある。
舞台はニューヨークであるが、時代設定は1960年代と同様のゴールデン・グローブ賞常連だった海外ドラマ『マッドメン』で、当時の男は妻を抱く事など一切無くひたすらタバコを吸いセフレといちゃいちゃしていおり、まだ女性に対して見下したものを感じさせる時代であった。
その抑圧からブライス・ダラス・ハワードの演じるキャラクターも自分より弱い黒人を抑圧することにより、自身を慰めていたのかもしれない。
しかし結果的に弱い存在と思われたメイドにも自身の惨めさを暴かれるという始末だ。
映画は、正直言えばバッドエンド的ではあるのだが、その重みこそアカデミー賞的であったとさえ思える。
映画自体は、そのような1960年代の女についての追求はなく、黒人メイド問題。
いや60年代の黒人の女性についての追求が描かれている。ミニーというキャラクターは勝ち気ではいるのだが、夫にドメスティックバイオレンスを受けていたりとなかなかの重さだ。
主人公の一人であるエイブリーンは、息子の死を重く受け止めており、最後にはメイドという仕事を終わらすという異色なキャラクターだ。
そういった中身のあるキャラクターの中で特に異色なのがジェシカ・チャスティン演じるシーリアだ。
彼女はロン・ハワードの娘に嫌われており、しかもちょっと田舎の豪邸に旦那と二人で暮らしており、またちょっと常識にかけた人物である。
そこにビッチにうんこパイを食わせたことにより解雇されたミニーがやってくるというシナリオも進行する。
このジェシカ・チャスティンの演じるシーリアが映画のコメディ部分を養っている。シーリアのハチャメチャぶりはなかなか楽しい。
しかしえぐいことにシーリアもシーリアで痛みを抱える中身のある女性なのだ。
彼女が幾度目の流産をし、その亡がらを庭に埋め、その付近から花が育っているシーンはまじで泣けるし、シーリアの「旦那に捨てられたくない」という本音と子供達の亡がらに謝る姿は胸を打つ、そういった演技を演じれるのはやはり凄い。しかもこれ以前の映画では精神疾患かもしれない夫を支える妻や息子がなんか異様なテンションだったり映画自体が地球的過ぎて頭おかしい映画を母なる大地を体現しただけあって、やはりジェシカ・チャスティンの演技力は凄いものがある。
エマ・ストーンは意外と可愛くなかった。(笑)
そういえば、同じく1960年代を描いた映画『ダウト~あるカトリック学校で~』でも黒人少年が映画の大事な所に関わってくるが、ここで本作で助演女優賞をゲットしたヴィオラ・デイヴィス もその母親として出ていて、彼女は息子がゲイであるということをどうとかこうとかして「黒人の子供はそれでしか生きて行けないんです!!」的なこと言っていたな。
どうやらそういう巡り合わせはあるのではないかな?
ちなみに黒人関係で一番テンション上がったのは
「やっぱり黒人女性は髪が命なんだ!!!!!!」
って気づいた所です。
彼女達の髪はほとんどカツラです。もっと彼女達の地毛はちりちりですからね。
それが描かれているのにはめちゃくちゃ嬉しかった。
てか60年代ももうあるんだね。(笑)
メモ得点メモ
7
見ている最中はなかなか面白かったし楽しめた。笑って泣けた。
しかし後々考えるとかなりご都合主義だったような。
それは多分クリス・コロンバスが製作で、監督が『アイ・スパイ』の監督だからだと思うのよね。(笑)
スカトロネタを超推すのはなかなかの変態だぜ。
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