△ヒアアフター 2010年度147本目△

「痛みを抱いた人間が織り成す群像劇だが、ラストシーンはやや納得いかない。」

$A Little his REDEMPTION.~seasonⅤ~-ヒアアフター

アメリカ2010年アメリカ制作アメリカ
製作総指揮
スティーブン・スピルバーグ
(トランスフォーマー)
監督
クリント・イーストウッド
(グラントリノ)
出演
マット・デイモン
(インビクタス/負けざるものたち)
ブライス・ダラス・ハワード
(スパイダーマン3)

本STORY本
日本では冒頭のスマトラ島沖地震の影響で起きた津波に被災してしまうシーンがあるため、東北関東大震災の影響で現在は、上映終了となっています。もしかしたら、ソフト化も怪しいですが、被災支援金に宛てがわれて販売の可能性もありますね。
2004年のお話。
インドネシアにバカンスに来ていたフランスで活躍する売れっ子ジャーナリストのマリーは、スマトラ島沖地震による巨大津波に遭遇してしまい、一時死んでしまったのだが、運良く息を吹き返す。
そしてそれからしばらくたち、アメリカでのお話。
アメリカ人のジョージ(マット・デイモン)は兄に強引に、頼み事をされる。
それは大事な人を無くした人に、自身の霊能力を使い、故人の思いを依頼者に伝えること。
ジョージはこの能力を持っていることが酷く辛かった。彼の兄はその力を誇りに思えと助言するのだが、ジョージは昔霊能力者として活躍していた過去も持っていたのだが…。
物語の舞台は更に、イギリスに移る。
少年マーカスは双子だった。いつも兄に付いて行き、兄に頼って生きていた。
父親はいなく、母親は薬物中毒で、このままだと家族での生活が怪しかった。兄弟は協力しなんとか家族で生活するために努力していたのだが、町の不良少年に絡まれて逃げた兄は交通事故に遭ってしまい、死んでしまう。
残された弟のマーカスは母親と引き離され、里親に引き取られるが、マーカスは兄のことを思い続け。
マリーはフランスに帰ってきた。
だが彼女は死を体験した時の感覚が忘れられず、まともに仕事をすることが出来なかった…。
テレビ番組から休暇を言い渡されたマリーは、その余暇を使い本を執筆することにするのだが…。
もし上映強制終了の影響で見れなかった人の為にこの後の物語を文章で書きました。よろしかればリンクからどうぞ。
2011年3月8日鑑賞
本感想本
クリント・イーストウッドとスピルバーグの老いぼれ賢人の最新作は、死についての映画だった。
タイトルを自分は、ヒアー・アフター。(癒しの後)と考えていたけど、原題はhereaftarなわけで、まんま、「あの世、来世」という意味の名詞だったのだ。
しかもそれを部分的に訳すと、ここの後。現世の後と言う訳だ。
円熟しきった二人のキャリアから考えてのこの映画の製作は、完全に映画自体の面白さより、個人の嗜好になっている、また良い意味で、作家性の強い、不思議なスタジオ映画となっているが、正直言って、賢人たちの権力に溺れた物足りない映画になっている。
また笑えない事にこの映画の内容が、現実のものになってしまい(そもそも物語の発端は実際にあったスマトラ島沖大地震の津波なのだが)、日本での上映は完全終了になり、また海外でのDVD販売での利益は寄付になるらしい。日本人はきっとここの映画を見る事が出来なるが、正直、今見たら笑えない映画NO1だと思う。
そういうわけで、感情的な考えは排他し、映画に付いての文句を連ねて行こうと思う。
やはり賢人(クリント・イーストウッド)の映画とあって、我が道を行く方向性の映画のせいか、全体的に静かで動きの無い映画になっている。
視覚的にインパクトのあるシーンは冒頭の津波のシーンのみで、そこからは痛みを抱えた主人公たちの辛いエピソードの連なりだ。
今言った通り、主人公が複数いる。
個人的にはこれがやや苦手で、そもそもが全員に個性があるかと言えば、そういうわけでもない、確かにマット・デイモンは霊能力者ではあるが、それがエキセントリックかと言えば、そうでもないし、全体的に抑えめだ。
逆に津波にあった女性はと言えば、これまた無名の馴染みの無いベルギー人ときた。
あとは愛嬌のある少年になるわけで。
まぁー普通の映画好きとしたマット・デイモンにそそられてしまうものだろうし、三人主役がいて時間は、150分としても描きが物足りないかたちにはなってしまう。
またそこに問題として出てくるのが、印象的な津波のシーン(このシーンでアカデミー賞の視覚効果部門にノミネート)が、フランス人にしか影響を及ぼさない。
そこまでして意味はあったのか?疑問の残るシークエンスでもある。
一つの事件が三人の人生を狂わせる形式の方が、映画としては深みもまとまりも強くなるのでは無いだろうか?
そこを分けた所為で、尺も無駄に長くなってしまい、前半はかなり退屈になっているとも個人的には思えた。
中盤からはそのシミ足れた辛辣な物語に多いにテンポとイベントが頻繁に起こる。
(気づかせてはダメなんじゃないか?これはグラントリノでも感じられたけど。)
マット・デイモンに超イケテいる彼女が出来そうになったり、ウケール料理教室でめっちゃエロイ口元が拝めたり、フランス人が、あの世を意識したり。(原題来世じゃなくて、あの世じゃね?)
子供が霊能力者を訪ねまくって、翻弄されたり。
ここはむしろスピルバーグが製作総指揮として提案したのかもしれないな。そういうの好きそうだし、テンポがぐっとよくなった気がする。
ただ地下鉄テロの展開は少し頂けなかった。ちょっとぶれやし過ぎだと思う。
脚本家の熱い思いのこもった映画ではあるものの、その熱意を伝えるためまた映画として成り立たせるために、ややバランスを欠いた映画になっていることは明白だ。
特に問題なのが終盤で、映画のラストシーンが観客よりも作家性に依存している。
そもそも超能力を持った主人公というウケール存在の彼が、そこそこ輝いていない。
終盤自分の能力の正しい使い方(能力よりも人間の心こそが、その力の本質を描くという素晴らしい描写)に似たようなものがあるにも関わらず、脚本はそこをフューチャーすることなく、主人公の個人的な痛みの癒しに進んで行く。
まぁーそもそもがこの映画の全体を考慮すると、痛みを抱いた主人公たちが出くわすことによって癒されるという物語だったのだと思うが、それが納得いかない人もいると思う。
だって、主人公は結局能力者なのに、普通に生きることを望み、それしか考えていないのだから。
正直、ボンクラというか、面白くないんですよね。
途中途中がプロパガンダ的に死を連想させるし、物語が、考えの下にあるような。
感銘を受ければ確かに面白いです。ただ全体的に特殊な要素が色々と台無しになっているんです。津波も超能力も色々と、だから単純に微妙な映画という印象でした。
監督の演出などは、グラントリノ、インビクタスでもそうですし、個性が感じられないんですよね。
任せっきりというか、良い意味でで手堅いけど、悪い意味で興奮が無いというか、監督としての題材の嗜好が上手いというのが個人的にクリント・イーストウッドの凄いところだと思いますが、本作はパーソナリティー過ぎたような気がします。
まぁー面白いこと言えば、グラントリノで自身が初めて映画内で死に、本作で死後の世界を連想させる映画を作ったと騒いでも良いんですがね。(笑)
ただね。マット・デイモンは最高にチャーミングでした。(笑)
これだけはね。すっごく楽しめた!!
料理教室通いだしたら、愛用がビールからワインになったりとか、イギリスでの旅行の時とか、終盤の想像とか!!そういうの監督に可愛がられているとしか思えないよね。
でも超チャーミングで、そういうスターを見るという意味ではかなり楽しめた。
インビクタスであんなにゴリラ野郎だったのにさ。そういう意味では演技派なんだねぇー!!(笑)
メモ得点メモ
6
静かな映画でして、そこまで楽しめませんでしたが、そこまで悪い映画でもなく、面白いというか感銘を受けたという人もちゃんといると思うし、地雷だったと思う人もいると思う。
一応海外ではソフト発売もうしてると思いますが、あいにく英語字幕しかないです。日本での発売は正直怪しいと思います。映像媒体で見たい場合はだいたい送料込みで2500円位かな?イギリスの方がソフトは安いです。ブルーレイの方が見れのでオススメです。

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