製作
2018年アメリカ映画
監督
2012年アメリカ制作
2018年アメリカ映画
2012年アメリカ制作
ティム・バートン
・ダーク・シャドウ
・バットマン リターンズ
・シザーハンズ
・スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師
・アリス・イン・ワンダーランド
架空の町ニュー・ホランドは静かな町だ。
そこに住んでいたフランケンシュタイン一家の長男のヴィクター少年の趣味は映画撮影と科学の実験だ。
しかしそんな息子を父のエドワードは、快く思っておらず家ばかりにこもっていないで、野球のようなスポーツをやってほしかった。
ヴィクターは学校で科学展に行く為に父母の承認を貰う必要があり、それを父に話すと条件として、野球をすることになるのだった。
そして野球の試合に出たヴィクターだったが、事前にクラスメイトから不吉な予言をされており、初打席なのにホームランを打つのだが、そのボールを取りに行ったヴィクターの親友である犬のスパーキーは、車道に飛び出し、車に弾かれてしまい死んでしまうのだった。
酷く塞ぎ来んでしまうヴィクター。ヴィクターの心はボロボロだ。
だが学校での科学の時間にカエルの死体に電気を流した時の反応にアイデアを得たヴィクターは、スパーキーの死体を掘り起こし、悪天候の雷を利用し、スパーキーを復活させてしまう。
復活したスパーキーは人にばれてしまうとどうなるか分からない。
しかし元気いっぱいのスパーキーは、ビクターが居ない時に大暴れ、その正体がクラスメイトの一人にバレてしまい、科学の発表にその雷の実験を利用することを目論み、ビクターを脅すのだった。
ビクターは協力し、それを行うすると透明な魚が誕生し…。
2012年12月23日日本語吹き替え版3D上映鑑賞 2012年度113本目
とりあえず本作の重要事項を紹介。
本作はティム・バートンの1984年に製作した同名実写映画のリメイクであり、本作の功績により本格的な映画監督の仲間入りをした1985年の『ピーウィーの大冒険』の監督になったとも言える。
ちなみに『フランケン・ウィニー』以降は短編映画は製作していない。
また本作2012年版の『フランケンウィニー』は白黒映画であり、更にストップモーションアニメであり、パペットというか人形のモデルを何体も生み出し、それを一コマずつ微かに動かし、撮影し、その撮影したものを連続的に動かしたものを映像にしたアニメーション映画である。
(ちなみに新宿のビックロで撮影に使われた人形の数々やセットが来日していました。自分はそれ見ましたよ!!凄かった。)
また『コララインとボタンの魔女』同様に3D映画であり、本作はIMAXでの上映もされた作品である、しかし日本での上映は無いようだ。(日本ではヒット自体しませんでした。)
また常識とも言えますが、シェリーという作家の1818年の小説『フランケンシュタイン』とその映画作品1931年制作の『フランケンシュタイン』からインスパイアを受けているのは言うまでもない。
正直ストップモーションアニメなら彼がプロデュースしてヘンリー・セリック(『コラライン』と『ナイトメア・ビフォアー・クリスマス』の監督)に監督して貰った方がゾクゾクするのだが…。
ちなみにヘンリー・セリックさんは今作には関わっていないようだ。
まぁー元々の原作がティム・バートンの映画となれば、流石にメガホンは渡さないか。
調べてみると実写大ヒット映画『アリス・イン・ワンダーランド』の契約の時に本作の製作の契約も結んでいたようで、これはティム・バートンが要請したのかな?そんなはずはないか。
でも2010年に撮影を開始して2011の11月に公開する予定だったようだが、紆余曲折あって2012年のハロウィン付近に北米で公開し日本はクリスマス付近に公開したが、日本も秋で良かったと思うぞ…。
まぁーティム・バートンの映画なんで意地悪なのは当然で、その悪趣味な感じが妙に女子受けしているとも自分は思う。
しかしそれでも今作は根本的に悪趣味。
なんせ命を粗末に扱うわそれをむごたらしく殺すわ。子供が見るにしてもなんだかなぁー。
まぁー元々がフランケンシュタインのオマージュでフラン犬としてもだよー。
一応自分は『フランケンシュタインの花嫁』っていう『フランケンシュタイン』の続編を鑑賞したことがあるんだけども、そこには人間の探究心、研究心によって生み出された人間というか人間になれない怪物の人間として認められない哀しさとさらには差別があって、怪物という物珍しさを楽しむ以外に内包された哀愁と人間の愚かさも考慮してなかなか見応えがあるんですがね、こっちにあるのは、キャラクター造形の愛らしさと全編に漂う意地悪な空気感ぐらいでして、比べるとしてもちょっと腹立たしいものはある。
また前述に紹介した『コラライン』とかに比べるとファンタジー感も薄く。
更にはストップモーション映画であるのだが、高度な技術を使い過ぎてか?はたまた近年の3Dアニメーションの造形がよりコミカルになり過ぎたのか、パペットたちの造形や動き一つ一つが別にそんなにエクセレントではない。
そうなると余計につっこみたくなるのが、ストーリーラインになってしまう。
もともとの短編映画のリメイクというのもあるが、序盤で愛犬というか唯一の友達が死ぬ。
それだけでもなかなか意地悪な話しで、決まりきっているが見ているのが辛くて涙を流してしまった。
しかしそこにひねりはない。
むしろ存在しているのが、ビクターへの監督のティム・バートンの父親への少年時代の苛立だろうか?
お前のせいでおれは友達を失った。
野球なんかやらせるから。映画と科学があればオレは幸せだったのに!!
という父親との確執をなんか感じさせてくる。むしろその言い分だけがずっと露骨な映画だった。
クラスメイトのせいでスパーキーが引き離されたりとか、やはり両親は理解してくれず、導いてもくれない。
思えばその父親への苛立はティム・バートンの十八番とも言える。『アリス・イン・ワンダーランド』でもやはり許嫁とかどうとかこうとかが嫌になって穴蔵に落ちたり、『ビッグフィッシュ』で父親と和解をしてみたり『チャーリーとチョコレート工場』でも父親が歯医者として描かれていたりとね。
思えばティム・バートンの最初期の頃の映画のリメイクということもあって、その負の感情はマックスに達している。
違う見方で言えば、もしかしたらティム・バートンの少年時代の思い出と愛犬を失いフランケンシュタインのように自分の愛犬も戻ってきたらと泣き乍ら、想像していたのかもしれない。
そうやって考えると幾分か面白さが増すとも思えるのだが…。
まぁーそれでも映画としてはやはり何とも言えない面白さだった。
終盤に量産されるフランケンの数々、オマージュとしてグレムリンも混ざっていたかもしれない。
ガメラもオマージュされていたな。あとはドラキュラか。
しかしそれを安っぽい家族向け映画にまとめてしまっており、何だか物足りない。
もっと混沌ファンタジー落ちでもこの手の映画なら良いと思う。
悪を罰するよりは悪と共存して桃源郷になってくれても構わない。
一応ハッピーエンドで映画は終わるが、あんまり腑に落ちない。スパーキーのその後とかどうなるんだろうか?
まぁー映画の舞台自体が、死後の世界のような場所なので、なんでもよくなったりする。
映画本編より舞台裏のドキュメンタリー映画の方が面白そうな映画。
得点
6点
80分と本編も短めで見やすいがエンターテインメントとしては何だか物足りない。
アート映画にしても何だかなぁー。真新しさは特にも無く、個性が足りていないと思う。
ティム・バートンの映画っていつもこうだよなぁーというのはあると思うが…。
正直予告編の『ライフ・オブ・パイ』の3D描写とエンディングのヤーヤーヤーズのボーカルのソロカレンOの歌の方が本編より楽しめたかも。
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