◯【71点】ジョーカー【解説 考察 :一人芝居じゃなくて犯罪エンタメが見たかった…】◯

ジョーカー

製作

2019年アメリカ映画

コミックファンだと
困り果てる系の映画

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監督

トッド・フィリップス
・アダルト♂スクール
ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い
デュー・デート 〜出産まであと5日!史上最悪のアメリカ横断〜
・ウォー・ドッグス

キャスト

ホアキン・フェニックス
her/世界でひとつの彼女
ザ・マスター
グラディエーター
ウォーク・ザ・ライン/君につづく道

ロバート・デ・ニーロ
・レイジング・ブル
・ケープ・フィアー
・タクシードライバー
アイリッシュマン

ザジー・ビーツ
・アトランタ
デッドプール2
・ジオストーム

シェー・ウィガム
テイク・シェルター
・Death Note/デスノート
アメリカン・ハッスル
・ボードウォーク・エンパイア 欲望の街

あらすじ

1981年アメリカ北東部にあるゴッサム・シティ。
アーサー・フレック(ホアキン・フェニックス)は著名なコメディアンになることを夢見る小さな事務所に所属する大道芸人だ。
貧乏な彼は、病弱な母親と同居し、スタンダップコメディアンとして近々舞台に立とうと考えている。
また彼は過去に精神病を患っており、いまでも市の福祉施設でソーシャルワーカーに精神分析を行なっているが、
精神状態は不安定で、薬漬けでもあり、ネタ帳と彼が言うノートには歪な絵と歪んだ思想が書き込まれている。
また脳の病気が原因で、ストレスを感じると笑いだすという障害を患っている。

ある日、アーサーは同僚から護身用に拳銃を受け取る。
だがアーサーは小児病棟を慰問中に拳銃を落としてしまう。
それがきっかけで道化師の職を解雇されてしまう。

帰路の途中の地下鉄にて、
女性に絡んでいた会社員の姿を見て動揺したアーサーは笑い出してしまう。
その会社員から暴行を受けたアーサーは身を守るために、持っていた拳銃で彼らを銃撃。
また逃げようとして地下鉄を降りた1人も殺害。
動揺してトイレに逃げ込んだアーサーは、逆に快感を感じ幸せな気分に浸る。
ぼろアパートに帰宅したアーサーは、先日エレベーターで出会った隣人のソフィー(ザジー・ビーツ)の部屋に押しかけ、
彼女と幸せな時間を過ごす。

翌日。
自宅でアーサーはテレビで、昨日殺害した会社員がウェイン産業の会社員であることを知る。
また昨日の殺人事件を富裕層に対する貧困層の復讐であるとメディアは報じる。
そしてアーサーの姿を目撃した人にピエロの姿が貧困層の反逆の象徴となってしまう。
その報道に気分をよくしたアーサー。

事務所を掃除し、コメディアンとしてバーにてスタンダップコメディアンとしてデビューする。
途中、ストレスで笑いが止まらなくなることもあったが、見守るソフィーのおかげでショウは大成功。

自宅にてある日、母親から送付する手紙を託される。
それはトーマス・ウェインへの手紙だ。
母親は昔トーマスのもとで家政婦で働いていた。
彼女がトラブルを起こしたのを原因でそこを解雇されていた。
アーサーはその手紙を隠し読み衝撃を受ける。
そこにはアーサーがトーマスの息子であると記載されていた。
母親に問いただしたアーサー。
アーサーは辛い生活を助けてもらうため、実の息子としてトーマスに会おうと画策する。

2019年10月5日IMAX鑑賞 2019年81本目
2019年12月1日劇場鑑賞 2019年95本目




『ジョーカー』を見に来たはずが、ホアキン・フェニックスのすっごい一人芝居を見てしまったコレジャナイ感

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『ハングオーバー』シリーズのトッド・フィリップス監督が、
アメリカンコミックの『バットマン』の著名なヴィランであり、
数々の伝説の映画を彩ったジョーカーを単独で映画化。
どんな作品になるか公開直前まで伏せられていたが、
蓋を開けてみれば、『バットマン』にはつながる可能性の低かった。
本作は現代の社会を意識しながらも舞台を1980年代初頭にし、
1960年代から1970年代半に流行した反体制的な人間の心情を綴った映画であるアメリカン・ニューシネマ風のサイコロジースリラーだった。
つまるところの『ジョーカー』はマクガフィンであり、
ロバートデニーロの代表作『タクシードライバー』の現代版と言っても過言ではないし、
監督自身もそれを追い求めていた。

またホアキン・フェニックスも素晴らしい。

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監督の求めた精神を病み、自分のルールを持ったやばい人の演技を完全にこなしそして最後には犯罪プリンスへとしたてている。
また監督自身もインタビューで本作はホアキン・フェニックスを主役にし脚本を執筆したとある。
詰まるところの本作は、ホアキンの演技力を念頭に置いている。
見ていて、ホアキン・フェニックスの相変わらずの高い演技力に戦慄を感じるが、
結局のところコミックファンとして複雑な気持ちになってきてしまう。

『ジョーカー』を利用しなければ映画を作れない悲しい2019年。

これは個人的な視点だが、
本作は、ジョーカーの誕生秘話とは言い切れない作品だった。
結局のところ、1980年代を舞台にした映画だが、2019年を批判した作品だった。
劇中では、孤独で精神疾患があるが、夢を持った青年が、
政府により経費削減を行った結果、彼への福祉はなくなり、
仕事もなくなり、挙句に頑張っていた彼を社会が嘲笑ったことで、
彼は暴走し続けて、凶行に走ってしまう。
映画の福祉施設を利用している際に時計が11時11分で時が止まっている。
これは映画『アス』同様にエレミヤ書11章11節が元ネタ。
「民が神の声を聴かないから、神はもう民を助けない」
ここでは富裕層と貧困層の格差が広がり過ぎていること、
そしてその貧困層の苦しみに手を差し伸べなければ、いつか大きな災いが起きるが、それを止めることはできない。
ということ。

結局のところ映画は『アス』同様に貧困層というか何も持たないものたちの復讐により、
社会が崩壊、そしてアーサーは革命の象徴のように扱われてしまう。
これは1980年を舞台にし、『ジョーカー』の名前を使っているが、
2019年の格差社会を批判した社会派サイコロジースリラーだった。

そして悲しいことにトッド・フィリップスは、こうすることでしか彼が作りたかった映画を作ることができなかった。
ジョーカーという名前の映画でなければ、社会を批判する映画を作れない。
なんて悲しい時代なんだ2019年。

批評家は微妙、観客は超高評の本作

そして批評家の評価こそ低いが、多くの人が本作を好評したのは、
彼らの待ち望んでいたものだったからだと思う。
政府(アメリカ、日本問わず)への怒りの象徴として確かに『ジョーカー』はふさわしく、
そして彼らの怒りやもし今後に犯罪を犯すことをしてもそれを肯定的にとらえるような内容を描いていることに好意的だったのではないか。
そうなってくるともはや、
コミックファンとしてただただ複雑な心境だけ残るのです。

本作は、IMDbにてTOP250中26位という超高評価なわけで、
自分は1度IMAXで見たのですが、全然面白くなかったから、その乖離を考慮して、
もう一度見たのです。ちょっと前方だったので映像の構図が優れているって聞いたからもう一度ちょっと小さなスクリーンで再鑑賞してから、
感想を書くことにしたわけです。

1回目は人の変化で悲しいとかすごいとかを感じたけども、その前に自己の虐げられた精神の為ならその原因を殺しても狂っているなら良いという正当化だけが描かれてしまっているので、物語としては物足りなかった。
個人的には、トッド・フィリップスや製作陣たちがホアキンの怪演を映画として対立構造で見せるだけの技術が足らず、人間の闇だけに光をあててしまった問題作になった印象。
それがエンタメとしてのカタルシスもなく、ただただ一人芝居に圧倒されるような、ホアキン・フェニックスの真骨頂のような作品になってしまい、もっと魅力的な対立構造として、キャラクター造形ができなかったのかな?と思ったり、試練でキャラクターの本質には迫れていたとは思うが、
物語としての面白みには欠けて、自由な怪演だけが映像化されていた気もした。本当にすごいんだが。
その分、彼の思考の変化に歩み寄り、それがすんなりと受け入れられ、象徴化している点もすごいが、
それが経済格差の広がるアメリカやここ日本では、彼の正当化に着想を得て、
自分の悲しみの果ての怒りでの悪行もまた許されるのではないか?という思想を見ている側に与えてくれる、対立構造が不在であり、彼に寄り添った物語のため、それがすんなりと受け入れられる。
犯罪をしてもいいんだと笑い飛ばして、本当のジョーカーを作ってしまう映画となってしまい、
根本的なジョーカーの映画ではなく感じた。

バットマン要素がいらない

バットマンのブルースの要素などもノイズになるので一切排除してあくまでもジョーカーへのオマージュを捧げただけにしてファンへの目配せなどなくして欲しかった。
もっとソリッドで良かったなぁと。
そういう中途半端なファンサービスが逆にコミックファンに苛立ちを感じる。
裏でそれをしなければ、映画が製作できないという製作との対立があったかもしれないが、
それをなくせばもっとシンプルな映画にできたと思う。

そしてバットマンファンとしては、ジョーカーといえば狂った犯罪劇を期待してしまうが、
そこは全く描かれない。
ジョーカーといえば犯罪プリンスなのだが、その直前の彼の変遷に終始しているが、
原作のように工場の化学薬品の溶液に落ちることもなく、
ただ病んだ人間が初めての成功体験を得る。
歪んだ社会の歪んだヒーローを描いたアメリカンニューシネマだったことに、
やはりコミックファンとしてこれじゃない感がやばい。

コミックファンが幸せになる解釈は2つ

そんなわけで、本作をなかなかのがっかり映画として評価した自分だが、
本作はいろんな考えを結びつける余白のある作品でもある。
バットマンことブルースは本作では10歳程度。
アーサーは40代程度。
その後のバットマンが30代、ジョーカーが60代では辻褄が合わなくなるのは明白で、
この時点でコミックファンとしてはつらいのだが、
本作の事件を目撃した少年が、いずれジョーカーになるのではないか?
という論を考えると幸せになれる。

バットマン登場直前にアーサーの活躍を目撃し心に焼き付けて、犯罪を肯定した人物が犯罪王になるパターン。

そしてもう一つが、
本作が、ジョーカーの語った嘘だったパターン。

これは映画のラストでアーカムアサイラムと思われる精神病院でカウンセラーと話しているところで映画が終わるのですが、
この時の状態が何年後かなどの描写は全くないのです。
むしろジョーカーなら正確な話などしない、嘘をつくのが犯罪前の彼の流儀のようなキャラクターです。
これまでの2時間にも及ぶ、映画で描かれたことは全てジョーカーの狂った冗談だった。
それでも映画は成立するのです。
なぜなら本作は『ジョーカー』という映画化なのです。
それだったらそれだったらで、コミックファンとしては完璧だなと思うのですが、
そんなふざけた映画なかなかないので、多分無いと思いますが。。。
また映画は辻褄が合わない編集を幾度も盛り込んでいたり、
おかしな展開になることも多々あります。
ホアキンの一人芝居すぎる展開もジョーカーの嘘なら何故か納得してしまう。
トイレで踊り出す意味不明感。
どこのトム・ヨークかよ?
心病んでても昂ってコンテンポラリーダンスは踊らんだろ。

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また急に冷蔵庫に入った彼。
確実に凍死だろ?と思ったら、翌朝普通に生活している。
序盤に紹介したエレミヤ書の件もネタかも。
そういうおかしな余白が多数あるので、そういった考え方ができる。

でもDCコミックファンとしては、数々の映像化作品を見てきて、ようやく
これも一つのアンソロジーの映像化作品と全然受け入れられるようになったので、これはこれで良いなと思ったのです。

2回目の鑑賞を経て

2回目になって、前述に描いた本作の巧みな余白の確かめを行い。
割と優れた映像構図に気が付き、感動しました。

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と本作の問題点って『ジョーカー』である必要は別になかった。
トッド・フィリップスがベテラン監督なのに若手映画監督のアイデア偏りがちな映画をドヤ顔で製作しちゃったってことなのかなと。
1回目の時よりもニュートラルな視点で見ることができたけど、
今でもこの映画がなぜ高評価なのかがわからなかったりする。
ホアキン・フェニックスの演技はどの作品でも優れているし、
ホアキン・フェニックスに感情移入はしちゃいけないし。
絵作りもホアキン・フェニックスの濃密な演技ばっかりで、映画としては物足りなかった。
物語の葛藤、対立が不在過ぎた。
もっとデニーロを何度か対立させるとか手法はなかったのか?
デニーロがあくまでも特別出演すぎるだろ。

でも2回目でアーサーがあの番組に出ているのが妄想だって、ようやく気づいた。
結構やばい妄想癖のある点とか2回目でわかるもんな。

hisSCORE

・脚本のユニークさ濃さとテーマなど 7/10
・映像のアプローチ 7/10
・映画の美術面 7/10
・キャラクターの魅力 8/10
・音楽 8/10
・上映時間と個人的趣味 6.8/10

71点

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